そんな邂逅
 〜大戦時代捏造噺

  


当時 最も広かった大陸を、
南と北とに大きく二分してという、
それはそれは長きに渡った戦さがあって。
その発端が何であったのか、回避出来なんだそれなのかも、
もはや知ることは叶わぬ遠い事実。
どうせ下々には届かぬ話と、
介入・詮索なんぞはことごとく打ち払われての、それよりも、
明日の安寧守らねばと尻を叩かれて。
軍族はこぞって出兵し、
その他の市民は後方支援に徹するようにとの宣詔が発布され、
それは物々しくも戦端切られたのが数十年前のことと聞く。



     ◇◇◇


 有事に於ける非常事態宣言とか戒厳令とかが発令されての。恐らくはすぐにも終わることを見越しつつ、始まってしまった戦さなんだろに、

 “今やそれが“日常”だものな。”

 途轍もなく長引き、しかも膠着しつつある戦さは、もはや誰の口からも“大戦”と呼ばれるそれとなって久しく。喜んではいけないことながら、国の存亡を懸けているとの大義名分の下、様々な技術も目覚ましく発展。軍人や兵士たちは、その身に機巧を取り入れ、何となれば自我や意識を巨大な機巧へ移植しまでして、個々が戦艦級の覇力持つほどの身となって、戦力増強に一役買ったりする一方。あくまでも生身の体にこだわりつつ、刀さばきに磨きをかけての末に、体を巡る気脈の一つ、ちゃくらという環を念じて練り上げ、刃に乗せるを制御することで、鋼鉄さえ断つ“超振動”という技を生み出す一派これありて。小回りの利く彼らは、斬艦刀の翼の上へも恐れなく搭乗するほどの気概持て、もはや戦艦級に巨きな機巧躯へでも斬りかかり、これをやすやすと斬って散らかす破壊力を発揮。空軍特務、斬艦刀乗りという呼称が、すぐの後世には、大戦の終焉を飾る英雄のように取り沙汰されるとも知らず。善くも悪くも、真のもののふの生き残り、軍の鼓舞をかねてのこと“英雄”と呼ばれ、はたまた、冷酷無比な“鬼”だと呼ばれもしつつ。そのまま天の別世界へまで届きそうな穹の上、最も苛酷な戦場を、悠々飛び交う彼らであったのだが。

 【 丹羽殿、そろそろ空域臨界へ到達します。】

 斬艦刀の風防の中、コクピットにいる操縦者から、伝声管越し、そんなお声を掛けられて。周囲を見回していた攻手方の搭乗者、丹羽良親は、周辺に広がる空間をぐるりと見回した。現在ただ今、彼の属する空艇第一分隊は、本来の基地から離れての出張加勢中。南との境界線上で小競り合いをこなしていたとある前線部隊へ合流し、相手方の空艇、斬艦刀部隊との丁々発止を2、3日ほど続けていたのだが。辺境地ゆえ、それほどこだわりはなかったか、それとも勝ち目のない形勢を早々読み取ったからか。相手側の出撃が、昨日はとうとう気配さえなくなったため。今日は早くから分散して出撃し、敵陣営が撤退したかどうかの索敵にあたっているところ。

 「気配はないな。機影も見えんぞ。」

 【 そのようですね。】

 かつてはレーダーだのソナーだの、探査用の機器も各機へ搭載していたが、妨害せんというジャマーとしてのナノ物質を、お互いにばらまき過ぎた後遺症。戦艦の管制級、戦域全体を掌握しようという規模のそれならともかく、数キロ単位の狭域範囲探査は ほぼ不可能なのが最近の実態となっており。その結果、皮肉なことながら、索敵や哨戒は肉眼で見て回った方が確実なご時勢となりつつある。

 「…っと。」
 【 …どうされましたか。】

 ふと、かすかながらも妙な声を上げた相方だったのへ。操縦者が案じるような声を掛けたが、

 「いや、大したことじゃない。」

 ひらひらと手を振り、その手から黒革の手套を外しにかかる将校殿。何かしら違和感があったらしく、特に問題もない状況下なのでと、一旦外して確認したいらしい。こんな職種でほとんどの毎日をキリキリ尖って過ごす前線にいると、どんな優男でも気がつけば 線が雄々しくなっての頼もしい風貌や風情となるものだが。北軍にその人有りとの誉れも高い、知将・白夜叉こと島田勘兵衛の率いる島田隊の双璧が一人。腰の業物、炎舞をすらりと抜き放てば、墜とせぬ艇は無しとまで言われておいでの剛の者。丹羽良親という、まだまだうら若き この将校殿は。士官学校を出てすぐにも前線配置となったと聞くのに、それにしては、この容貌の華やかさはどうだろか。すっきりと冴えての垢抜けた、色白な肌に明るい双眸、甘いくせのある淡色の髪をさらりと流し。着痩せして見える質なのか、肩幅や胸元もしっかとした厚みはあるにもかかわらず、役者のように整った、それは瑞々しい面差しが、そんな雄々しき体躯へ違和感なしの相応(そぐ)う不思議。自分と同じ軍服なのにな。隙なく着こなすとはこのことか、窮屈で堅苦しいはずの腕や背にも捕らわれずの伸び伸びと、颯爽と振る舞い、切れのある所作を見せる彼であるのへは。当地への赴任初日からして既に、年少組の従卒たちが優しそうなお兄様だと噂をし、慕わしいとの注目を盛んに浴びておいでで。

 “それを訊いたらしいお連れ様、
  黒髪の双璧が苦しそうに笑い転げておいでだったが。”

 それ以外にも、現地での招集、食事の世話などを手伝っている奉仕隊のご婦人方が、多少は黄色いお声になっての、やはり取り沙汰話に花を咲かせるほどとなった効果の凄さよ。とはいえ ご本人は、あくまでも軍人でございますれば…という、折り目正しい素振りしかお見せにならずにおいで。大太刀を振るうのへの、籠手も兼ねたる軍用の手套をするりと外せば、そこも色白な甲には、島田隊の皆様のお揃い、藍色の刺青による六弁の花がちらりと覗く。遺体となった場合の身分の証しにとか、あんまりいい話は聞かないが、それでも空艇隊にはよくある習わしで。意気がっての鬼だの怪物だのを恐持て連中が好むのと、すっかり次元が違っておいで。さすが、修羅場ばかりをくぐり抜け、ことごとく生き延びて来られただけの資質持つお人は、そういうところにもセンスのあることよと。外した手套逆さにし、何が入ってしまったやらと振っておいでの相方を、半ば憧れの眼差しで見やっていた、操縦担当の現地の空兵さんだったけれど。

 磁場障壁“防人領域”が働いているとはいえ、
 機外の翼に立っている身で、
 片手を離してのそんな悠長なこと、
 あっさりやってのけられるところからして
 どれほどの練達か、
 若しくは心胆太き豪傑かということでもあり。

 しかもその上

 「……十時の方向、仰角30度。何かこっちへ来るぞ。」

 鋭く素早く囁いて、外した手套、直すのももどかしいか、口許にちらりと歯先を覗かせ、裾を咥えた格好で太刀に手をやり、そちらを見やった良親殿。はっとした操縦席の相方が、言われたほうを見定めて、一応のことレーダーの感度を調整すれば、

 「……っ、接近する空艇があります。
  機体認証番号、検知出来ません。」

 「敵機、だな。」

 何しろ敵対関係にある双方なのだから、表向きは全く別の業者が扱っているはず…なのだが。それにしてはあまりに酷似している、南北両軍の斬艦刀だったり各種機巧殻体だったりしており。ならば相手の弱点も、重々知り尽くしていることになるのだからして、不公平はあるまいよと。皮肉を込めて大臣らへと言い放った提督がかつてあったとか。銃や飛行システムなぞという基本がどっちの軍のも同じなのは、それをつかさどる原理が同じだからであって。

 “戦前からあるものならいざ知らず、
  長い大戦の間に、そこから個々に発展させた、
  しかも特級極秘事項もののはずな、
  機巧躯だの空艇だの軍艦だのの、
  デザインや機能が恐ろしいほど一緒ってのはどうよ。”

 軍独自の開発研究という触れ込みのブツさえも、助っ人に出向いた先で、敵陣の中に似たようなのを見つけた覚えがどれほどあるやら。

 “実際に戦場へ出て来ない連中の頭の中は、
  どんな構造になっておるのやらだな。”

 相手よりスペックが劣るのは困るが、同じだったら構やしないと、本気で思ったのだろか…という、今更な愚痴はともかくとして。

 【 撤退中の機でしょうか。】
 「そうさな。」

 昨日一日戦域全体が静かだったのは、その日のうちに空の向こうへ、整然と撤退していったからじゃあないかとされており。自分たちを直接率いる島田司令も、

 『こちらから抗戦態勢や挑発を構えるにあらず。』

 余計な火種を燠すなかれと、注意なさっていたくらい。撤退し遅れた存在がいないか、しんがりを務めて見回っている誰かなのかも知れず。風防カバーへ故意に手を伏せて、相方にこちらを向かせ。ゆるゆるとかぶりを振り、息をひそめてやり過ごそうよと構えたものの。


  「…………ぁ。」


 ともすれば引き返しかかってもいた態勢。速度を落とし、出来るだけ相手からの注意を引くまいと、見様によっちゃあ逃げ腰と言われてもしょうがないだろ音なしの構えで、来たほうへと折り返していたこちらの機へと、

 「気づかれたようだな。」
 【 はい…。】

 特に駆動音を立てた訳でなし、何より、向こうだって撤退中ならコトを荒立てたくはなかろうに。機首をこちらへと向けた斬艦刀である以上、明らかに逃げる姿勢を取ってもいいものか…。

 “いやまあ、勘兵衛様のご意向から言えば、
  そんなものを恥と思うなと言われそうだが。”

 どんな場合だって舐めてかかっては痛い目を見かねない。それもあっての、余計な戦端は開くなと指示されたのは重々承知。だがだが、

 “相手は一機。しかも…。”

 機外に乗ってる存在が、その裸眼にてこちらを見つけたような雰囲気がする。そちらの軍でもそうなのかどうか、レーダーのあまり利かない戦域航行にては、索敵担当の目と言い分は信用するのが基本とされており。向こうの軍服、やたらと裳裾の長いそれ、ハタハタとたなびかせつつ近づいて来る速さも大したもの。下手に逃げを打ったなら、背後からの急襲と成りかねず、

 「しょうがないな。何合か切り結んで振り払おう。」
 【 はっ。】

 あくまでも牽制のためと思った良親だったが、操縦者はこちらの地付きの隊の者。気が晴れるような結果にもって行きたいのが見え見えの、意気盛んなお返事返され、しまったなぁとの苦笑をした良親だったのは言うまでもなかったり。特にこちらからは接近せず、向こうが来るのを待っておれば。米粒のようだったものが豆粒になり、小豆が大豆へ、ソラマメになってくれば、攻手方搭乗者のお顔も少しずつ見えて来たものの。

 「………。」
 【 あの、もしかして向こうの…遊撃担当は。】
 「…言うな。」

 もしかしたら気のせいかなと、良親もまた思いたかったが。同じように感じたらしい操縦の相方が、先に訊いて来ては…誰へも誤魔化しようがないというもの。そう、

 【 ですが、どう見ても幼なすぎませんか?】
 「うむ。幼年学校生が乗ってるようにしか見えぬ。」

 風を受けるという効能があるとでもいうものか。だったら翼に乗ってるときは振り落とされかねなかろう、くるぶしまでありそうな長々とした裾の軍服をまとった、それはそれは幼い存在。ただの小柄で、実は歴戦の勇者とか…なんて、妙な期待をしたのも無駄で。すべらかな頬に、色白な額の下に据わった曇りのない双眸は淡く。自分の尋より長いんじゃなかろうかと思われるほどの大太刀を背中に負うていたのは、やはり腰ではつっかえるからか。

 【 そういえば聞いたことがあります。】

 南軍では英才動員計画という作戦があって、秘密機構が才ある子供を集め、早いうちから剣術や体術、艦隊の運用に作戦立案など、英才教育を施して、即戦力として現場へ投入しようという向きがあるのだとか。もしかしてその“英才”にあたる子供ではないのでしょうかと、操縦席からのお言葉があり、

 “……そういや、勘兵衛様やおシチも言ってなかったか。”

 いつぞやの戦闘で、高い高い天穹から降って来た和子がいたとかどうとかと。しかもそやつは、一丁前に戦意も高くて勇ましく。勘兵衛様や七郎次へも臆さず、文字通り咬みついた剛の者だったとか。その時の子供もまた、牙さえ剥かなきゃ…金の綿毛がそれは愛らしかった幼子だったそうで。こんな穹の只中を、一端の斬艦刀乗りとして航行出来るだなんて、そうそう何人もいるとは思えない。恐らく同一人物かと思われて、

 “そこまでして、こんな子供を戦域へ引っ張り出さんでも。”

 刀なんて持てるのだろかと危ぶむほどに小さな手が、斬艦刀の操縦席の横っ腹についていた、ステップの支えでもある手摺りに何とか掴まっている。向こうさんも防人領域を起動中なのだろうから、飛翔風を痛いほど浴びての飛行という惨状にはないようだが。だからか何とも優雅な見栄え。金色の綿毛が ふわりふわりとたゆとうのが、人にはあらざる存在の降臨のようにも見えたものの。

 「戦意は十分って感じだな。」
 【 そ、そうなんですか?】

 斬艦刀乗りは目が命。あんなに可愛らしいお顔をしていて、だってのにその双眸が鋭く吊り上がっていての、気魄を呑んで恐ろしいことと言ったらば。さすが一人前のもののふだと、重々思わせる威容を既にその身へ帯びており。細っこい腕には重たげな太刀一振り、小さな両の手でしっかと掴み締め、当人もまた弾丸と化しているかのような集中しいて、こちらを射抜くように見据えたままで突撃を敢行して来る執心の恐ろしさ。南北と所属は違えど、同じく太刀を振るって血路を開く任をこなす身、相手の事情を察してやれるほど、傲岸にも余裕のある自分ではないとの覚えも新たに、

 “…とはいえ、やりにくいには違いないわなぁ。”

 それもまた相手の思惑かと独り語ちつつ、愛刀“炎舞”を引き抜くと、さりげなく峰打ち側へと持ち替えて。もはや突進して来るとしか見えない相手、そちら様も細身の太刀をその手に握っておいでの、それはそれは幼い少年が疾風率いて押し寄せるの、悠然と待ち受けた良親殿だった。











      ◇◇◇



 “………なぁんてことがあったのを。
  まさか覚えてるってことはなかろうよな。”

 聞いた話では。向こうもまた前世の記憶があるとかで、信じられないかもしれないが、それは殺伐とした世で、侍だったのだとも言っていた。どこをどう持ってけばそうなるものか、勘兵衛や七郎次とはその頃にも出会っていたとの話ゆえ。だったらあれれ、やっぱり別人なのかしら?、若しくはちょっぴり妄想が入った和子様かとも思ったが、

 『島田の手の甲に刺青がなかったので、当初は同じ人物とは思えなんだ。』

 六花まで記憶にあったのなら、やはりあの大戦時代からの転生者なのだろうけれど。だったら南のお人のはずなのにな。自分が早くに鬼籍へ去ったその後で、縁があっての同じ刻を過ごした彼らだということか。そんなお話を聞いたせいでか、微妙に関心がわいたので。ちょっとした顔つなぎ、何かあったおりに利用出来る伝手作り程度の接触というつもりだったのが。彼女の側からも連絡くださいなと、この自分にはめずらしく、携帯の番号を教えておいた紅眸金髪のお嬢さん。自分とはもう縁はないかと思いきや、唐突に連絡くださり、いきなりなご要望を突き付けて来てくださった、なかなかにデンジャラスなところは相変わらずとも言えて。

 “あんなおちびさんだったのに、命からがらって逃走劇となろうとは。”

 こちらの相方操縦者がいつも組んでた慣れた相手じゃなかったからとか、幼すぎる相手に多少は遠慮したとか、いろいろと言い訳もありはしたけれど。逃げることが前提の対峙だったことをこそ、内緒にしておきたかった遭遇のこと。幸いにも向こうはまるきり覚えてないようで、ホッとするやら…でもでも多少は残念なような。真っ赤な装束は南の正規の軍服じゃあなかった。きっと、敵の目をわざわざ引き付けるという意味もあったに違いなく。そこまで惨い役回りを負わさせた、まるきり“兵器”でしかなかった哀しい和子。それでも生き延び、勘兵衛らと少しでも共にあれたというのなら、それがせめての幸いだったのかも知れぬ。

  「………。」

お歳暮のつもりか、義理とでっかく記されたマカロンを、バレンタインデーに贈ってくださった某家のご令嬢様へも、微妙に縁のあったらしい“結婚屋”こと良親さんであったらしいです。






  〜Fine〜  11.02.24.


  *Koさん、書いてみましたよvv
   実は大戦時代にも久蔵殿と逢っていて、
   しかも切り刻まれそうな目に遭ってた良親様。(…酷)
   具体的な戦闘ぶりは、すいません、
   空中戦って難しそうなので割愛させていただきましたが。(ダメじゃん)
   書いてた本人は、
   某死神アニメの天鎖斬月さんを想像しつつ綴ってました。
   そんな縁(?)もあってのこと、
   自分と同様、転生していたこっちの顔触れへも、
   結構早々と気がついてたらしい良親さんだったらしいです。

happaicon.gif めるふぉvv**

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